毒親に育てられた私と母親の話

毒親に育てられた私と母親の話を書いていきます。時系列はバラバラになりますが子供の頃〜18歳で家を出るまでのことが中心。たまに自身の育児関連を書いていきます☺︎

毒親に育てられた私と母親の話。【お風呂】

毒親に育てられた私と母親の話。【お風呂】

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今回は、お風呂でのことを書いていこうと思います。

 

 

 私は、中学2年まで、母と一緒にお風呂に入ることが決められていました。

頭を洗う、体を洗うのも母がやっていました。(これは、小学5年ごろまで)

小学4年くらいの時、母と一緒にお風呂に入らなければならないというルールに疑問を持つようになりました。

幼馴染は一人でお風呂に入っていることを知り、

私も一人で入りたいなと思い、母に一人で入りたいと伝えました。

 

すると母は、「お前が一人で風呂に入れるわけがない、お前にはまだ無理だ。」と言われました。

その時は母の言うことが絶対で、その言葉を言われた時は、

私には、まだ無理なんだと思いました。

 

小学5年の時に、泊まりの校外学習がありました。

 

 

それが終わり、一人でお風呂に入れるし自分で洗えると伝えたところ、

「一人で入れて、自分で洗えるのはわかったけど、絶対に一人では入らせない」と言われてしまいました。

 

母の監視のもと、お風呂に入り頭を洗っていると「こうじゃない、ああじゃない」とよく言われていました。

 

機嫌が悪いと、お湯を水に切り替えられました。

冬でも関係なしに水をかけられていました。

私は、それまではプールなど水遊びなどが好きだったのですが、

それ以来水が怖くなり、

顔に水がつくのもダメで、プールにも入れなくなってしまいました。

 

水を掛けられて泣いている私をみて母は楽しそうでした。

 

中学生になると、

こうじゃないなど言われなくなりましたが、相変わらず一緒に入らなきゃいけないことは決まっていました。

 

中2を境に一緒に入らなくなるのですが、

特に理由はなく、今日から一人で入れといわれました。

 

でも、なぜか母は私がお風呂に入っていると

5分おきに見にくるようになり、

5分以内に出てこいと言われるようになりました。

冬場は10分以内と決まっていました。

 

以前にも書いたように、

母に決められたいたことはたくさんありました。

 

それに関してはまた書いていこうと思います。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

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毒親に育てられた私と母親の話。【母が決めた下着】

毒親に育てられた私と母親の話。【母が決めた下着】

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前回は母が決めた服でしたが、今回は母が決めた下着の話を書いていきたいと思います。

 

 

母は服だけでなく、下着まで指定してきました。

 

小学生低学年の時は特に気にしなかったのですが、

高学年になり、身体が成長するにつれて胸のことを気にするようになりました。

 

母は私の胸の成長に気がついていましたが、

私が新しい下着が欲しいと言うまで買ってはくれませんでした。

 

私が、スポブラでもいいから新しい下着を買って欲しいと言うと、

いいけど、お前が選ぶ権利はないと言いました。

まぁ買ってもらえるようなのでその時は文句は言いませんでした。

 

地味なスポブラを買うと思っていたのですが、

その日の母は機嫌がとてもよく、私に選ばせてくれて可愛い下着を買ってもらうことができました。

 

 でも何日か経つと、買った下着に文句を言ってきました。

 

「そんな下着つけて何するつもり?男に見せるの?」などなど・・・。

まだ小学生なのに・・・笑

 

それからは、母が買ってきた下着を身につけるよう言われました。

 

これは、中学卒業まで続きました。

 

高校に入り、あまり下着について言われることはなくなりましたが、

ときどき私のクローゼットを見ていました。

 

母の気にくわない下着があると、ゴミ箱にわざと見えるように捨ててあったりもしました・・・。

 

私が男と遊んでると思ったら、携帯・下着は必ずチェックしていました笑

 

今日はここまでにします。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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宣伝みたいになるのですが、

母に下着を指定されてた反動か、

母から離れてからプチプラで可愛い下着を集めるようになりました笑

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毒親に育てられた私と母親の話。【母が決めた服】

毒親に育てられた私と母親の話。【母が決めた服】

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今回は、母が決めていた私の服装を書いていきます。

 

 

基本的に何でも決めたっがっていて、

私の服装も決めていました。

 

小学生の時は必ず、朝起きるとその日の服が出されていました。

夏場はTシャツにハーフパンツか長ズボン、

冬場はトレーナーに長ズボンでした。

基本スカートやショートパンツは履かせてもらえることはありませんでした。

 

一度父が、女の子だからと可愛いスカートを買ってくれ、

父が買ったので母は何も言えず、

その父が買ってくれたスカートだけは履くことが許されていました。

 

 

中学生の時は、

大抵制服がジャージだったのですが、

休日はやっぱり母が決めた服でした。

しかもダサい笑

小学生の時は文句は言いませんでしたが

中学生になるとこんなダサい服を着て外には出たくないと思うようになり、

中学のジャージでいる方がマシで、

ジャージで外出するようになりました。

あまり友達と出かけることはなく、母の付き添いの買い物くらいでした。

 

中2の時に同じクラスになった少し派手めの子と仲が良くなり、

流行っている服など、読んでいる雑誌などを教えてもらうようになりました。

それから、自分で服を選びたくなり、

祖母にもらったお年玉やお小遣いで服を買いに父に連れて行ってもらったことがあります。

自分で買うので母は何も言ってこなかったのですが、

帰宅すると、買ったものを見せろと言われ、

見せると「何この服、ダサくて恥ずかしい。」と言われました笑

お前が選んだ服よりマシだろと思いました笑

 

その服をきた友達と遊びに行くと、

母は必ず「だっさ、そんなの着て行ったら嫌われるね。」

スカートを履いていれば、「男だろ、そんな脚だして気持ち悪い」と言われていました。

 

何かあるとすぐ男に結びつけるのは何だったのでしょう・・・。

 

自分の着たい服を変えましたが、

母と出かける時は、母が決めた服かジャージでした。

 

母は服だけでなく、下着も指定してきました。

その話はまた次回書こうと思います。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 

 

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毒親に育てられた私と母親の話。【私を監視する母④】

毒親に育てられた私と母親の話。【私を監視する母④】

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 今回もまた前回の続きの私を監視する母について書いていきます。

 

 

前回までは、携帯のみの監視でしたが

今回から、私の持ち物、財布の中身を見始めます。

 

母は、私が寝た後、入浴中などに私のカバンの中や財布の中身を見ていました。

 

私は、何か言われるのが面倒だったため、

レシートは全て捨てるようにしていました。

 

でも、昨晩と残金が違うことに気がついた母は、

「レシートは捨てずに全部もらってこい。」と言いました。

 

しかたなくレシートをちゃんと持って帰ることにしました。

ただ、自販機など学食の券売機などレシートが出ないこともあります。

そこに関しては、私はどうしようもできない、でないものは仕方ないと言いましたが、

母は気に入らなかったため、自販機、券売機などレシートが出ないものを禁止にしました。

 

お昼ご飯は、お昼ごはん飲み物はレシートがでるコンビニで買うことを指定されました。

それで母は満足をしてしばらくはおとなしかったのですが、

一度、自分で生理用品を買った時にレシートを見られ、

なぜかとても怒られました。

前まで、母が用意をしていたものを使っていたのですが、

私には合わなかったため自分で買うことにしました。

何で自分で買うんだ、家にあるやつを使え、気に入らないなら言えば良かったのになど言われましたが、

違うのがいいと母に言ってもどうせ文句を言うなと言われるのは、

わかっていたため言いませんでした。

 

カバンの中は見られても何もなかったため何か言われることはありませんでしたが、

毎日カバンの中身をチェックしていました。

 

 

母にとって私は母の所有物だったため、何もかも指定したがっていました。

 

母の満足のいく行動をして、母の決めた持ち物を持って生活をしていたことを

振り返るとバカバカしく思えます。

 

今回はここまでにします。

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 

 

 

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毒親に育てられた私と母親の話。【私を監視する母③】

毒親に育てられた私と母親の話。【私を監視する母③】

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今回は前回の続きから書いていきます。

前回↓ 

dokuoyacii.hateblo.jp

  

 

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私はメールを削除していたため、母は別れたと思い携帯を見たり何か言ってくることはなくなりました。

 

ある日、学校の帰りに彼の家に行った日がありました。

母に言ったら確実に怒られるので、母には学校のことで少し帰りが遅くなると伝えていました。

たまたま母も予定があったらしく家にはいなくて帰宅するところを見られることはありませんでした。

 

ところが、外出先で何かあったのかとても不機嫌で帰ってきました。

 

帰ってきてすぐ私に携帯を手に取り、突然チェックが入りました。

メールは消していたので、見られてもいいやと思っていたところ、

 

母がチェックしている間に彼からメールが来てしまいました。

念のためアドレス登録はしていなかったのですが、

そのメールは母に見られてしまいました。

 

そのメールは「今日はありがとう、楽しかった」とかそんな内容でした。

それを見た母は、遊んでいたことよりも相手が誰なのかが気になり

私を問いただしました。

もう嘘ついても面倒だし、正直に彼氏と答えました。

すると、相手はどこの誰だなどを気にし始め、

中学の同級生であることを伝えました。

名前を言うと、「まま、ここのお母さん好きじゃないんだよね。この子も頭悪そうで嫌だ。ブサイクだし。」などとグチグチ文句を言い始めました。

 

 

その時は別れろなど言ってこなかったのですが、

母の監視はひどくなりました。

毎日帰宅すると携帯のチェックが始まり、学校が終わる時間になると返事をするまでしつこく何時に帰るのとメールをしてきました。

 

このころから、

携帯だけではなく、私の持ち物、財布の中身なども見るようになりました。

 

ここから先は、また次回書いていこうと思います。

 

最後まで読んでくださりありがとうございました。

 

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毒親に育てられた私と母親の話。【私を監視する母②】

毒親に育てられた私と母親の話。【私を監視する母②】

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今回は前回書いた【私を監視する母】の続きを書いていこうと思います。

 

 

前回、母が家の2階から私を見ている話を書きましたが、

今回は携帯でのことを話します。

 

中学3年の時に父に携帯を買ってもらいました。

母は気に食わない様子でした。

 

家で色々設定をしていると、母がロック番号を指定してきました。

携帯を使っていない時は、母のPCデスクに置くようにとも言われていました。

 

友達とアドレスを交換し、メールをしていると

私が寝た後にロック解除して全部内容を見ていました。

 

中学の卒業式の時、クラスの男子ともアドレスを交換しました。

家に帰ると、母が私のアドレス帳を確認し男だとわかったら削除をしていました。

「やめてよ。」というと「男とばっか連絡先交換しやがって、このくそ女」と言われました。

友達だから何もないと言ってもそんなことは信じてもらえずw

 まあ女の子としか連絡は取らないだろうと思い、母の好きにさせました。

 

高校は女子校だったため、男子との関わりはなくそこは安心?していたようであまり携帯を勝手に見ることは減りました。

 

が、、、、

 

 

高1の冬に彼氏ができ、メールをよくしていました。

私が、携帯をよく触っているのを見た母は、また携帯のチェックをし始めました。

 

彼氏がいると知った母は、「早く別れろ、このあばずれ。」と私に言い、

彼に電話をしようとしていました。

「やめて、勝手にそんなことしないで。」と言っても止まらず・・・

母は、彼に電話をしました。

幸い、彼はバイト中だったためでなかったのが良かったです。

すると母は、「電話に出ないなんて最低な男だな、お前嫌われてるんだね」と楽しそうに笑いながら言いました。

嫌われてると思い込ませ、別れさせようとしたのでしょうかw

 

 私はこれ以上母に干渉されたくなかったため、怒られるとわかっていながらロック番号を変えました。

すぐに母は気がつき、元に戻せ、戻すまで学校には行かせないし携帯も没収と言われてしまったため仕方なしに元に戻しました・・・。

 

母に見られるのが嫌だった私は彼とのメールは全て削除していました。

別れたと母は思いしばらくは携帯を見たり、何か言ってくることはなくなりました。

 

長くなりそうなので

一旦ここまでにします。

続きは次回書いていきます。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 

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